今回の動画は前回のクリスマスコーデに関する内容の続編で、コーデやデートプランを未発表のメンバーたちが披露する番となりました。
今回も様々な発音が出てきていましたが、今日はちょうど非常勤先の音声学の授業で子音に関する話題を扱ったので、その流れで子音に関することを取り上げてみようと思います。
子音の話の前にまずは冒頭・締めのあいさつについてです。
前回の動画に関する感想文の中でも指摘した通り、なにわTube動画は基本的には冒頭と締めのあいさつがありますが、前編・後編など複数回に分かれるような場合には前編の最初に冒頭あいさつ、後編(最終回)の最後に締めのあいさつが来るのが一般的であり、前編の最後や後編の最初には冒頭・締めのあいさつが生起しないのが普通です。
今回の動画にもこのパターンが当てはまるのであれば、動画の最後に締めのあいさつはあるが、冒頭ではあいさつがないというパターンになるはずなのですが、締めのあいさつだけでなく冒頭あいさつも出てきていて、変則的なパターンとなっていました。
前回の動画も変則的だったので、あいさつの入れ方に関する方針が変わった(効果音の音量や入るタイミングが変わった(←音声を分析する身としてはありがたい)ので、もしかすると撮影・編集担当のスタッフさんが変わった?)のかもしれませんが、クリスマスコーデの動画だけ偶然そうなったということもあり得るので、今後のパターンを注視したいと思います。
藤原氏の発言の中で、「お過ごし」を「お過ごすぃ」と言い間違ってしまう場面がありました。
この言い間違いについて、藤原氏自身は「THが!」と英語のthの音と間違ってしまったと言及していました(thankやthinkなどの単語に見られるth [θ] の発音のことだと思われます)が、音声学的には日本語と英語の子音体系の違いに関わるトピックとなるのでこれについてちょっと考えてみましょう。
英語では異なる子音であっても、日本語に取り入れられる際には同じ表記になってしまうことがあります。
例えば、英語のsheとseaは日本語で書きとるとどちらも「シー」となってしまいますが、英語ではshe / ʃiː / と sea / siː / となりそれぞれ異なる子音として発音されています。
また、英語のthの音は、think, thingのように後続母音がiであれば「シ」、それ以外の場合(thank, through)であれば「ス」となります(日本人の中にはthの音はsと全く同じ音だと考えている人もいるかもしれませんが、英語ではthは/ θ / という発音記号の音であり、she ( ʃ ) ともsea ( s ) とも異なる別の発音です)。
ということで、日本語の「シ」に対応する英語の発音は / ʃ(i), s(i), θ(i) / の3種類が存在することになります。
ここで日本語側の事情を考えてみると、サ行の子音は /s/ ですが、さ・し・す・せ・そは発音上 [sa, ʃi, sɯ, se, so] のようになり、イ段ではsとは別の子音が出てくるので(厳密には英語のʃとはやや音が異なるので、[ɕ]など別の記号を用いる人もいますが、ここでは簡略化して英語のʃと同じ音だとしておきます)、日本語の感覚で「シ」と発音すると、英語の/ ʃ(i), s(i), θ(i) /はすべて [ ʃ ]で発音されてしまうことになります。
まとめると、日本人は/ ʃ(i), s(i), θ(i) /をいずれも「シ」だと聞き取ってしまい、/ ʃ(i), s(i), θ(i) /発音するときもこれら3つを区別せず、どれも同じ「シ」(ʃ(i))と発音しがちだということになります。
この問題を解決するために、(特に若い世代では)「シ」と「スィ」のように表記を分け、sheのような場合には「シ」、seaやthinkのような場合には「スィ」と書き分ける場合があります(今回の動画の中の「お過ごすぃ」というのも、発音が「し」とは異なっていたためにそれを強調するためにそう表記されています)。
ただ、「シ」と「スィ」を書き分けたことで / ʃ /とそれ以外(s/θ)を区別できるようになったとしても、依然としてsとθが混同されてしまうという問題は残ったままです(「お過ごすぃ」を例にすると、この表記を見たときに、「すぃ」の部分がsiなのかθiなのかがはっきりしないので、「お過ごし」(osɯgoʃi)を言い間違った結果[osɯgosi]と言ってしまったのか、[osɯgoθi]と言ってしまったのかが分からないということです)。
で、今回の動画での「お過ごすぃ」の発音を聞いてみる(または音響分析で調べてみる)と、θではなくsで発音されていて、藤原氏自身は「THが!」と言っているものの、thの音は実際には出てきていません。
藤原氏による「お過ごすぃ」の発音
thの音は出てきていないにもかかわらず、なぜ藤原氏はthに言及したのでしょうか?
本件の場合、上述のとおり英語にある3つの音 / ʃ(i), s(i), θ(i) / はいずれも日本語では「シ」という発音だと見なされ、最近では「スィ」という表記も一般的になってきて / ʃ(i) / と / s(i) / は異なる発音だと認識している人も増えてきていますが、/ s(i) / と / θ(i) / の違いを認識し、かつ正確に区別できる人は少ないので、siとθiを混同してしまい、siに対してthの音だと判断してしまっても全く不思議ではありません。
よって、この「お過ごすぃ」に対する藤原氏のコメント(「THが!」)は、英語と日本語の子音体系の違いに基づいて発せられたものだと解釈でき、日本語と英語の音韻体系の違いを如実に表す興味深い現象であるとも言えるでしょう。
最後に、ちょっと話は脱線しますが、英語母語話者の聞き間違いの研究(Miller & Nicely, 1955; Wang & Bilger, 1973)によると、英語のネイティブスピーカーにとってθはsよりもむしろfに近い音だと認識されているようです。
日本人にとってはθがsと似ていると感じられる(だからこそsinkもthinkも「シンク」と同じように書く)わけですが、母語が違うとどの音とどの音が似ているかに関する感覚も異なるということで、これも興味深いテーマの一つですね。
[参考]: 子音の種類と分類方法について
今回出てきた英語の子音は、/ ʃ(i), s(i), θ(i) /は子音の分類上では「摩擦音」というタイプの音になります(つまり、ʃとs, θの混同は、摩擦音同士の混同とも言えるわけです)。こういった子音の分類方法に関する基本的な説明については、「用語解説:子音の分類」のページをご参照ください。
本文中で取り上げたメンバーの発言や音声・図はすべて下記の動画の該当部分(具体的な個所は本文中に明記)から引用したもの。
英語母語話者の聞き間違いに関する研究
・Miller, G. A., & Nicely, P. E. (1955). An analysis of perceptual confusions among some English consonants. The Journal of the Acoustical Society of America, 27, 338-352. doi: 10.1121/1.1907526
・Wang, M. D., & Bilger, R. C. (1973). Consonant confusions in noise: A study of perceptual features.The Journal of the Acoustical Society of America, 54, 1248-1266. doi: 10.1121/1.1914417