言語音の多くは、肺に貯めた空気を吐く動作に合わせて生成されます。
発音時の肺からの息の流れが口腔内のどこかで妨げられることによって生じる音が「子音」(p, t, k, s, z, …など)、逆に、息の流れが妨げられない音が「母音」(a, i, u, e, oなど)です。
例えば、母音aを長く発音するときには口が大きく開いたままの状態になりますが、aの間にpを挟んでapapapapapa…のように繰り返し発音してみると、pの瞬間に唇が閉じる(=息の流れが妨げられる)ことが実感できるはずです。
さて、一口に子音と言っても様々なタイプの音があり、単に「息の流れが妨げられるタイプの音」というだけでは個々の子音の特徴を把握することができないので、さらに細かい分類基準が必要となるわけですが、音声学の分野では子音を以下の3つの基準に基づいて分類することになっています(4つ目の基準として「鼻腔の関与」を挙げる人もいますが、これは3つめの「調音法」に含めて議論されることが多いように思います)。
- 声帯振動の有無(その子音を発音する際に声帯が振動するかどうか)
- 調音点(その子音を発音する際に口の中のどこで息が妨げられるか(=口の中で生じる狭めの場所))
- 調音法(その子音を発音する際にどの程度息が妨げられるか(=口の中で生じる狭めの度合い))
単に3つの分類基準があるよと言っても、音声学の知識がある人しか理解できないと思うので、以下、音声学を学んだことがない人向けにそれぞれについて簡単に解説してみます。
声帯振動の有無
「声帯振動の有無」に関する説明の前に、そもそも「声帯」とは何か?ということになるかと思いますが、「声帯」というのは喉頭(のどの奥の方、喉仏のあたり)にある器官です。
声帯は、下の写真にあるように2対の筋肉(矢印で示された白っぽい帯のようになっている部分)で構成されています。
声帯は息を吸ったり声を出さずに吐いたりするときには声帯が開いて(以下の写真にあるように、2対の声帯が離れた状態になって)息がスムーズに流れる状態になっていますが、声を出すときには声帯が閉じて(2対の声帯が近づいて)肺からのどへの空気の通り道がふさがれたような状態になります。
声帯が閉じた状態で息を吐こうとすると、肺からの空気の圧力が高まり、閉じた声帯のわずかな隙間(図2の中央付近、声帯と声帯の間)の部分を勢いよく息が通り抜けていくことになりますが、この時に声帯が振動を起こし、「声」が発生します。
母音のa(iやuでも構いませんが)を発音しながらのどの部分に手を当てると、手に振動が伝わってくるのが感じられるはずですが、この手に感じる振動こそが声帯の振動です。
母音を始めとする多くの音は発音時にこのように声帯が振動しますが、音によっては発音時に声帯が振動しないタイプの音もあります。
例えば、sの音を(※母音のuが入らないように、sの音だけを)長く出しながらのどのところに手を置いてみても、母音を発音する時と違って手に振動が感じられないはずです。
ということで、前置きが長くなりましたが、子音の分類基準の「声帯振動の有無」というのは↑のようなことを説明するためのもので、発音時に声帯が振動するタイプの音は「有声音」、発音時に声帯が振動しないタイプの音は「無声音」と呼ばれます(どの音が有声音でどの音が無声音に当たるのかは、後ほど表にしてまとめて提示します)。
調音点
「調音点」は、子音を発音する際に口の中のどこで息が妨げられるか(より簡単に言うと口の中のどこが狭められるか)を表す概念です。
試しにpaとtaとkaを発音してみると、pの時には唇が閉じますが、tの場合には唇は閉じず、代わりに舌の先端付近が上の歯茎(上の歯のすぐ後ろあたり、下図の6番付近)に付くはずです。
また、kの場合には、唇は閉じず、下の先端と上の歯茎が接触することもなく、舌の中央から後部が口の少し奥の方に引っ張られる感じがするでしょう(pやtと比べると直感的に理解しにくいですが、kの発音の際には「軟口蓋」(下図の8番付近)と呼ばれる位置で舌との接触が起こっています)。
このように、発音時に狭めが生じる場所を「調音点」と言い、具体的な狭めが生じる場所に応じて「両唇音」(p, b, mなど、発音時に唇で狭めが生じるタイプの音)、「歯茎音」(t, k, nなど、発音時に舌の先端と上の歯茎の部分で狭めが生じるタイプの音)、・・・のように名称が付けられます(どの音がどの調音点に当たるのかは、後ほど表にまとめて示します)。
調音法
「調音法」は、子音を発音する際に口の中で生じる狭めの程度(息の流れを完全に遮断してしまうか、息が多少は流れる程度の隙間を開けておくか、・・・)を示す指標です。
調音法には閉鎖音、摩擦音、破擦音、鼻音、接近音などのカテゴリーがありますが、調音点と比べると分類が若干分かりにくいところがあるので、個別に解説していきます。
調音点の解説の際にはp, t, kを発音して口の動きを観察してもらいましたが、ここではtとsの発音をして口の中の状態を観察してみましょう。
tの場合には、すでに述べた通り舌の先が上の歯茎に接触して、接触している間は息がせき止められた状態になっています。
一方、sの場合には、舌の先が上の歯茎の付近に移動する点ではtと同じですが、tの時とは違って舌の先が上の歯茎に接触することはなく、接触するかしないかすれすれの状態を保ち、その隙間を息が流れていく感覚がするはずです(言い換えると、sはtに比べると狭めの程度が弱いことになります)。
同じような対応関係は、pとɸ(日本語の「ふ」や「ファ」の発音の子音)にも見られ、pだと上唇と下唇が接触して完全に閉じた状態になりますが、ɸでは上唇と下唇が接近して狭めができるものの、接触はせず若干隙間ができた状態になるはずです。
tやpなど、発音時に完全に閉じて息の流れを遮断してしまう音を「閉鎖音」(閉じた後、瞬間的に破裂させるようにして音を出すので、「破裂音」と呼ばれることもあります)と言い、sやɸのように若干隙間が空いていて息が完全にせき止められず、隙間を息が通り抜けていく際に特有の音が生じるタイプの音を「摩擦音」と言います。
閉鎖音と摩擦音が組み合わさったものが「破擦音」と呼ばれるタイプの音で、日本語だと「ち」や「つ」の子音、英語だとchの発音がこれに当たります。
試しに、日本語の「つ」の子音(ts)だけを(※母音のuを入れないようにして)長く発音してみましょう。
すると、長く発音している間は舌の先が上の歯茎に接近し(ただし接触はしない)、その狭めを息が通過して音が出ているはずです。
これはちょうどsと同じ口の構えであり、実際に長く伸ばした際に出てきている音はsの音になっているはずです。
次に、「つつつつつつつつ・・・」と「つ」を繰り返し発音してみましょう。
この場合、tsの子音の発音のたびに舌の先が上の歯茎に接触するはずで、これはtと同じ動作になります。
ということで、tsの発音の際には、(tとsを組み合わせたローマ字表記からも想像されることではありますが、)tの動作とsの動作が連続で生じ、その一連の動作をひとまとめにしたものがtsだということになります。
ts以外にも破擦音は存在しますが、以上のような特徴から、破擦音の発音記号は「閉鎖音+摩擦音」という構成になります。
鼻音は、名称からも想像されるとおり鼻が関与する音です。
大抵の子音・母音の発音の際には、口蓋垂(↑の図3の9番)付近が上に引き上げられ、息が鼻に流れ込む道をふさいだ状態で発音が行われますが、鼻音の場合は、発音の際に口蓋垂が下がって鼻への息の通り道が開いた状態で発音されます(鼻に空気が抜けて発音されるので「鼻音」ということですね)。
日本語に存在する鼻音はmやnの音です。
発音する際、mはpやbと、nはtやdと口の構えは同じ(前者は両唇、後者は歯茎で閉鎖が起こる)ですが、p, b, t, dのときは息が鼻に抜けていかないのに対し、mやnの時には鼻に空気が抜けます(このような特徴から、鼻音を鼻腔閉鎖音と呼ぶ人もいます)。
通常、閉鎖音は口の中のどこかを完全に閉じて息の流れをせき止めることで発音されますが、mやnの場合は口の中では完全な閉鎖が起きているものの、鼻への空気の通り道が空いているので、口の中の閉鎖を保ったままでも、ハミングをするような感じでmやnを長く発音することができます(逆に、鼻音ではない閉鎖音p, b, t, dなどは、口の中の閉鎖を保ったままだと息が止まってしまって音が出せません)。
自分でmやn発音してみても、発音時に鼻に空気が抜けていることが実感できないぞ!という人もいるかもしれませんが、その場合は鼻をつまんでmやnを含む単語(「南」や「生麵」)を発音してみましょう。
鼻をつまんで息が鼻から出て行かないようになったことで、鼻から息が出て行くことで生じるこれらの音は相当言いにくくなるはずです。
一方、鼻音を含まない単語であれば、発音時にそもそも鼻に空気は抜けないので、鼻をどれだけつまもうが発音しやすさへの影響は生じません。
口の中の動作という観点では、接近音は摩擦音とよく似た特徴を持ちます。
摩擦音との違いは、接近音の場合は狭めの度合いが摩擦音よりもさらに弱めであり、子音の中では相対的に息の流れが妨げられないタイプの音だという点です。
日本語の子音の中で接近音に当たる音の例は、ヤ行の子音(※発音記号では j がヤ行の子音を表す記号で、以下の分類表でもそのようになっています)やワ行の子音などで、これらの音は子音の中では母音に近い音色を持つ(また、英語では子音・母音の両方の役割を持つと解釈可能な面がある)ので「半母音」と呼ばれることもあります。
接近音の中には日本語のラ行音や英語のl、rの音なども含まれます。
子音の分類表
以上で紹介してきた「声帯振動の有無」「調音点」「調音法」に基づいて、例として英語に出てくる子音を表にまとめたものが下の図になります。
表の左右が調音点(右に行くほど口の奥の方)、表の上下が調音法(上に行くほど狭めの度合いが強い)に対応しています。
声帯振動の有無については、閉鎖音・破擦音・摩擦音では無声と有声が生じますが、鼻音や接近音については基本的に有声音しかありません。
表の中の記号を見てそのセルの左側や上部に書かれている名称を見れば、その音の特徴が分かるようになっています。
例えば、pについては上を見ると「両唇」と書いてあり、左を見ると「無声」「閉鎖音」と書かれているので、pは「無声・両唇・閉鎖音」だと分かります。
また、zであれば「有声・歯茎・摩擦音」、tʃ(綴りだとchに対応)は「無声・硬口蓋歯茎・破擦音」、lは「有声・歯茎・側面」、・・・のような感じになります。
子音の分類をする意義
子音の3つの分類基準(声帯振動の有無、調音点、調音法)を組み合わせることで、個々の音の特徴を正確に掴むことができるようになるだけでなく、日常の中に存在する発音の「なぜ?」に関する答えを導き出すヒントにもなります。
具体的な例を紹介してみましょう。
日本語の50音の「あ・か・さ・た・な・は・ま・や・ら・わ」行の中で、濁点が付く音は「か」「さ」「た」「は」行のみで、それ以外の行の音には濁点は付けられません。
日本語を母語とする人(以下、日本人)であれば、どの音に濁点を付けることができ、どの音には付けることができないかは簡単に分かると思いますが、なぜかと言われるとなかなか答えるのが難しいのではないでしょうか?
実は、ここには発音の原理という音声学的な要因が絡んでいて、音声学の「子音の分類方法」を理解すると答えを導き出すことができます。
【参考】この話題については以下のページで細かく解説しているので、興味がある方はそちらもご覧ください。
なにわTube【2022年12月13日】感想文日本語の「ら・り・る・れ・ろ」はローマ字表記ではra, ri, ru, re, roのようにrの記号が使われますが、日本語のラ行子音は音声学的には英語のrの音とは異なる音として分類されます。
日本語のラ行子音は「弾き音」や「たたき音」などと呼ばれるタイプの音で、舌の先端部が素早く動いて歯茎(上の歯の後ろ付近)に瞬間的について離れることで作り出される音です。
一方で、英語のrの場合、舌の先端部は歯茎に近づきはしますが、発音している間に舌先が歯茎に接触することはありません(舌の構え自体も、日本語のラ行子音と比べて、英語のrの場合はやや後ろに反ったような感じになります)。
こうした特徴の違いを反映させるために発音記号もそれぞれ別の記号が充てられていて、音声学の分野では、日本語のラ行子音は [ ɾ ]、英語のrについては [ ɹ ] という記号で表記されることが一般的です(が、英語のrについては簡略表記として [ r ] が使われることもあり、辞書の発音記号の欄にはこの簡略表記を使って記述されることが多いです)。
また、英語のlについては、舌先が歯茎に接触するという点では日本語のラ行子音と共通しますが、日本語のラ行子音の場合は接触が瞬間的で発音動作が極めて短いのが特徴であるのに対し、英語のlは相対的に接触時間が長く、舌の側面に息が通過するスペースを作ることで出される音であるという特徴を持ちます。
このような言語による細かな発音の違いを掴むうえでも、子音の分類に関する知識は役立ちます。
【参考】言語による子音の発音の違いについては、なにわTube動画感想文の中でちょくちょく出現します。以下のリンクはそのうちの一つですが、自分でもいつどこに書いたか覚えていないくらい、話題として結構頻繁に出てきていると思います。興味がある方はチェックしていただけると嬉しいです。
なにわTube【2023年3月14日】感想文その他
他にも子音の分類方法の知識があると簡単に説明が付く現象はたくさんあるのですが、長く書きすぎて疲れてきたのでここで一旦休憩します。何かなにわ男子の動画の中でこの件に関連する話題が出てきたら、その都度追加していけたらと思っています。
窪薗晴夫(1998)『音声学・音韻論』くろしお出版.
日本音声言語医学会(2005)『動画で見る音声障害』ver.1.0 (DVD-ROM), インテルナ出版.