言語音の多くは、肺に貯めた空気を吐く動作に合わせて生成されます。
発音時に肺からの息の流れが口腔内のどこかで妨げられることで作られるのが「子音」で、逆に、息の流れが妨げられずに作られる音が「母音」です。
例えば、母音のaと子音のpを交互に繰り返して(apapapapapa・・・のような感じで)発音してみると、母音のaを言うときには口が大きく開いた状態になって息の流れが妨げられないのに対し、pを言う瞬間には唇がぴったりと閉じて息の流れが完全に遮断される瞬間が生じることを確認できます。
子音に関する音声学的な分類方法があるのと同様、母音についても個々の母音の特徴を把握するために役立つ音声学的な分類方法があります(具体的には、以下の3つです)。
- 舌の高さ/口の開き具合(その母音を発音する際にどの程度口が開くか)
- 舌の前後(その母音を発音する際、舌が前寄りになるか後寄りになるか)
- 円唇性(その母音を発音する際、唇を丸める(=前に突き出す感じになる)かどうか)
子音の分類基準に比べると直観的に理解しやすい気はするものの、やはり単に3つの分類基準があるというだけでは音声学を知らない人にとってはよく分からないので、それぞれについて日本語の母音を例に簡単に解説してみます。
舌の高さ/口の開き具合
母音を発音する際には多かれ少なかれ口が大きく開いた状態になるわけですが、どの程度口が開いた状態になるかを示す指標です。
「舌の高さ」と表現される場合と「口の開き具合(開口度)」と表現される場合がありますが、この2つは表現の仕方が違うだけでどちらも同じことを表しています(詳しく知りたい方は以下の【参考】をご覧ください)。
ただ、「口の開き具合」の方が感覚的に理解しやすいと思うので、ここではとりあえず「口の開き具合」に基づいて日本語の5母音を見ていきましょう。
まず、ゆっくり「あいうえお」と発音してみてください。
すると、母音によって口の開き具合が変化することに気づくと思います。
一番大きく口が開くのは「あ」、逆に口の開き具合が狭くなるのは「い」や「う」、中間ぐらいにあるのが「え」「お」となるはずです。
世界中の言語の母音まで含めるともっと複雑になりますが、日本語の5母音について言えば、口の開き具合という観点から「a(広い)> e, o(中くらい) > i, u(狭い)」という3段階に分けることができることになります。
[参考] 「舌の高さ」と「口の開き具合」の関係
口が開く際には通常の場合下あごが下がります。
人間の舌は下あごに乗っかった状態になっているので、下あごが下がるほど(=口が開きが大きくなっていくほど)と自然に舌の位置が低くなります。
逆に、下あごが上がるほど(=口の開きが狭くなっていくほど)舌の位置が高くなります。
従って、「舌の高さ」と「口の開き具合」の間に相関関係があることになり、表面的な表現の仕方が違うだけで「舌の高さ」と「口の開き具合」は同じことを表しているということになるわけです。
ちなみに、口の開き具合に基づくと「a:広い、e, o:中くらい、i, u:狭い」ですが、舌の高さに基づくと「a:低い、e, o:中くらい、i, u:高い」となります。
舌の前後
個々の母音を発音する際に舌が前寄りになるか、後ろ寄りになるか(または前でも後ろでもない中間付近になるか)を表す指標です。
再び日本語の5母音を例にとると、「え」と「お」を交互に繰り返して発音すると、口の開き具合はそれほど変わらないのに対し、舌の前後の位置が大きく変化することに気づくはずです。
具体的には、「え」の場合には舌が口の前の方(唇のある側)に引っ張られるのに対し、「お」の場合は舌が口の奥(喉の方向)に引っ張られる感じがするのではないでしょうか?
同様に、「い」と「う」を繰り返し発音すると、「い」では舌が前に引っ張られる感じ、「う」だと相対的に後ろに引っ張られる感じがするかと思います。
このように、舌の前後の位置で見ると、日本語の母音の場合は「i, eが前、e, oが後」ということになります。
[参考] 母音aの舌の前後位置は?
aについては人にもよりますが中くらいからやや後ろくらいで発音されることが多い感じでしょうか。
日本語では、口の開きが狭いまたは中くらいの母音については舌の前後の違いが音の違いに関わってきますが、口が大きく開く母音については舌の前後の位置に関係なく全部「あ」となるので、aについてはあまり議論されません。
前か後ろか2択でと言われれば、様々な理論的観点から「後ろ」とするのが自然という研究者が多いはずです(「後ろ」だとする根拠・理由については、議論がとても複雑になるのでここでは扱いません)。
円唇性
母音の発音の際に唇を丸めるかどうかを示す指標です。
唇を丸めて発音する場合は「円唇」、唇を丸めない場合は「非円唇」とか「平唇」などと呼ばれます。
一般的にはuやoが典型的な「円唇」の母音ですが、日本語では「お」の母音が「円唇」、それ以外の母音は「非円唇」だとされます(「お」についても、他の言語ほど円唇性が強くない印象です)。
日本語の5母音を区別するうえでは円唇性はそれほど重要ではない(実際、日本人の発音は円唇性が弱め)ですが、日本人が外国語を発音する際にはこの円唇性が重要になってきます。
日本人の母音の発音は円唇性が弱めなので、日本人が発音したuやo(特にu)は他の言語の母語話者にとっては全く別の母音に聞こえてしまう場合があるためです。
大学で第2外国語(特に中国語や韓国語)を学んだことがあれば、「もっと口を(唇を)前に突き出すようにして!」と発音指導された経験がある人もいるのではないかと思いますが、これは「円唇母音なのでもっとしっかり唇を丸めて発音してくれないと正しい発音になりませんよ」ということなのです。
母音の台形図
以上の3つの分類基準を組み合わせることで、日本語の母音を含めた様々な母音を分類・記述することができるようになります。
音声学では、以下のような台形図の中に母音の相対的な位置関係を示して説明する形を取ります(図は国際音声記号の母音の部分を抜き出したものです)。
図の上下が口の開き具合(下に行くほど広い、上に行くほど狭い)を、左右が舌の前後位置(左に行くほど前、右に行くほど後)を表しています。
また、i-yやʌ-ɔのように左右ペアで書かれている音については、左側にかかれている方が非円唇、右側にかかれている方が円唇を意味します。
この図の中の相対的な位置関係を見ることで、iは口の開きが狭くて舌が前、唇は非円唇であるのに対して、ɑは口の開きが広くて舌は後ろで非円唇、・・・というような感じでそれぞれの母音の特徴や、他の母音との違いを把握することができます。
母音の分類をする意義
母音の3つの分類基準(口の開き具合、舌の前後位置、円唇性)を用いると、単に個々の母音の特徴を把握できるようになるだけでなく、日本語や英語などの発音に関する現象を説明するのにも役立ちます。
(具体的な例は、なにわTube動画で該当するようなものが出てきたらその都度ここに追記していく予定です。)