用語解説:逆再生

読んで字のごとく、音声を逆から再生することを指します。

ただそれだけのことではあるのですが、この手法を用いた研究によって音声学的に興味深い発見がされたこともあるなど、意外に重要な技術です。

逆再生によって検証できることとしては、例えば以下のような事柄が挙げられます。

  • 日本語のようにかな文字が基本単位となっている言語でも、発音は子音・母音から成り立っている
  • 同じ音であっても、出現する場所によって知覚しやすさ(聞きとりやすさ)が異なる

順番に見ていきましょう。

言語の発音は子音と母音から成り立っている

多くの人は、学校の英語の授業などで「子音」や「母音」という概念を学び、それらを当たり前のものとして受け入れていると思います。

ただ、英語のようにアルファベット(=子音と母音が分かれていて、それを組み合わせていく)を使う言語ならともかく、日本語のようにカナ文字(=子音・母音が明示的に分かれていない)を基本単位とする言語では、発音が子音と母音から成り立っていない可能性も否定はできません。

例えば、日本人であれば学校で「子音」や「母音」といった概念を学ぶ前、ローマ字を知らない状態でも、日本語を普通に話すことができるし、逆さ言葉を見ても「なにわ」は「わにな」であって、awinanという人は(日本人なら)ほとんどいないはずだから、「日本語には子音や母音のような単位は存在せず、カナ文字で表される音が基本単位なんだ!」というような主張をすることも可能かもしれませんよね。

子音・母音から成り立っていることを証明しろと言われると意外に難しいもので、「自分は子音や母音はあると思う」というような個人の感想レベルにとどまらず、日本語の発音が子音と母音で構成されていることを示すためにはどうすればいいでしょうか?

ここで活躍するのが逆再生で、これを使えば音声学・音韻論の専門知識がない人でも日本語の発音が子音・母音から成り立っていることを簡単に確認することができます。

先ほど出てきた「なにわ」で言えば、日本人の感覚(カナ文字単位)で言えば「わにな」となるはずですが、逆再生してみるとそのようにはなりません。

ではどうなるかですが、ちょうどなにわをローマ字で書いたものを逆にした音(awinan)のように聞こえます。

また、逆再生した時に元の発音と同じように聞こえるのは、「おとうと」(発音はotooto)や「お飲み物」(onomimono)など、カナ文字ではなくローマ字で見たときに左右対称になる単語です。

ローマ字で書くというのは、カナ文字を子音と母音に分解して記述する行為ですから、逆再生した時にローマ字で書いたものが逆になったように聞こえるということは、日本語の発音は(仮に日本人が子音・母音を別々に発音している意識が無いとしても、)実際には子音と母音から成り立っていると考えないと説明が付かないことになります。

ちなみに、上記の議論に基づくと、カナ文字はローマ字よりも不正確だとか劣っているとかいう議論になっていきそうな気もしますが、必ずしもそうとは言い切れませんのでご注意ください(理屈を知りたい方は、↓の方の補足もご覧ください)。

同じ音であっても、出現する場所によって知覚しやすさ(聞きとりやすさ)が異なる

同じ子音であっても、母音の直前に置かれた場合は母音の直後に置かれた場合に比べて聞き取りやすいことが知られています。

例えば、以下の音声Aを聞いてみてください。

日本語として書きとるとしたら、どうなるでしょうか?

音声A

おそらく、「ドゥー」のような感じに聞こえたのではないかと思います。

では次に、音声Bを聞いてみてください。

音声B

こちらは「グーッ」のような感じでしょうかね。

もしあなたが日本語以外の言語を母語とする人であれば、母音の後ろにも子音があるように聞こえているかもしれませんが、日本人であれば母音の後に子音があると感じる人は少ないはずです(以下、日本語母語話者向けの話となります)。

さて、この2つの音声、実は音声Bがオリジナルの音声(出典は下記参照)で、音声Aはそれを逆再生したものです。

音声に含まれる子音・母音としては、音声Bは[ gʊd ]で、それを逆再生した音声Aは[ dʊg ]という並びになっています。

というわけで、音としては母音ʊの前後に子音が1つずつあるのですが、母音の後ろの音の聞き取りがしにくいので、音声Aでは母音ʊの後のgが聞こえず、母音の前(=目立つ位置)にあるdだけがはっきり聞こえるという形になります。

一方、音声Bでは、音声Aの時には聞こえていたdが母音ʊの後ろ(=目立たない位置)に行くことにより聞こえにくくなり、逆に音声Aでは聞こえなかったはずのgが母音ʊの前に行ったことではっきり聞こえるようになります。

似たような例はなにわTubeの2022年7月26日の動画でも出現していて、「みっちーおめでとう」を逆再生した音声を聞いた際、「みっちー」の「み(mi)」を逆再生音声「im」をメンバーが「イ」と聞く場面があります(5分5秒あたりからの部分)。

これも、miであれば母音の前(=目立つ位置)にmがあるのではっきり聞き取れるのに対し、逆再生により子音と母音の順序が変わった(imになった)ことでmが母音の後ろ(=目立たない位置)に行き、結果としてmなのかnなのかはっきり分からなくなってしまったことで生じた現象だと考えられます。

参考文献・出典

音声A, B:下記の文献の付属CD(Table 4.2のgoodの音声)より、本コラムの内容向けに語末子音の有声閉鎖区間とリリース部分をカットしたもの。また、それを逆再生したもの。

  • Ladefoged, P. (2006). A Course in Phonetics [5th ed.]. Boston, MA: Thomson.
関連するおすすめの文献

管理人が「逆再生」と聞いて一番に思いつくのは以下の論文です。

母音の前と後で聞き取りやすさがどのように違うのかについて、逆再生を用いた実験により検証を行っています(それ以外の内容も含まれていますが)。

実験音声学関連の専門用語がたくさん出てくるので、音声学の基礎知識が無いと難しいかもしれませんが、基礎知識があれば学部生でもなんとか読めるのではないかと思います。

  • Fujimura, O., Macchi, M. J., & Streeter, L. A. (1978). Perception of stop consonants with conflicting transitional cues: a cross-linguistic study. Language and Speech, 21(4), 337-346.
上での議論の補足:カナ文字の方が正確と言える面もある?

例として、「パ」、「タ」、「カ」という3つの音の発音を考えてみましょう。

ローマ字でpa, ta, kaのように書いてみると、3つの発音に共通しているのはaで、異なるのは前にどんな子音が付くかですね。

しかし、ものすごく細かい話をすると、隣り合う子音・母音はお互いに影響し合う(これを調音結合と言ったりします)ので、実はpaとtaとkaの3つのaはそれぞれ違う音として発音されているのです(pの影響を受けたaを(p)aのように書くとすると、それぞれ(p)a, (t)a, (k)aのようなイメージです)。

同様に、子音も後ろの母音の影響を受けます。

例えば、「パ」「ピ」「プ」「ペ」「ポ」については、pa, pi, pu, pe, poと書くとpは共通していて、その後に来る母音が異なるように見えますが、ものすごく細かく言うと、pの音は後ろに来る母音の影響を受けて変化するので、paのpはpiのpともpuのpとも違う・・・、ということになります(これも、aの影響を受けたpをp(a)のように書くとすると、p(a), p(i), p(u), p(e), p(o)のように異なるというイメージです)。

以上を踏まえて、「パピプペポ」「カキクケコ」の発音における子音と母音の発音がどうなっているかをまとめてみましょう(「タチツテト」はチやツの子音がtではなくなり複雑になるので省きます)。

子音母音子音母音
p(a)(p)ak(a)(k)a
p(i)(p)ik(i)(k)i
p(u)(p)uk(u)(k)u
p(e)(p)ek(e)(k)e
p(o)(p)ok(o)(k)o

ここで、「パピプペポ」について、表の並びを変えてみましょう(行・列が多いのでスマホだと崩れて見にくいかもしれません)。

表を見て分かるように、パの時に使われるp(a)(p)aは、それ以外の音(ピ、プ、ペ、ポ、カ、キ、ク、ケ、コ)の時に現れることはありません。

同様に、ピの時に使われるp(i)(p)iがそれ以外の場所で使われることもありません。

(p)a(p)i(p)u(p)e(p)o(k)a(k)i(k)u(k)e(k)o
p(a)×××××××××
p(i)×××××××××
p(u)×××××××××
p(e)×××××××××
p(o)×××××××××
k(a)×××××××××
k(i)×××××××××
k(u)×××××××××
k(e)×××××××××
k(o)×××××××××

このように、実際には「パピプペポ」「カキクケコ」においては子音も母音もそれぞれすべて異なる音になっているので、これをローマ字のようにpa, pi, pu, pe, poやka, ki, ku, ke, koと書いてしまうと、本当は5種類ずつあるp, kの発音や、前に来る子音によって変わる母音の発音の違いが曖昧になってしまい、ある意味「不正確だ」ということになります。

カナ文字であれば、これらすべての音(の組み合わせ)に対してそれぞれ異なる独立した記号が与えられるので、ローマ字よりもむしろ細かい発音の違いが正確に反映されていると見なすこともできるわけです。

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