聞こえ度とは、子音や母音はすべてが対等な存在というわけではなく、個々の音はそれぞれ固有の音の大きさ(=聞こえ度)を持っているという概念です。
聞こえ度によって、子音や母音に関して一定の序列・階層を見出すことができ、それが様々な音声・音韻現象の説明において重要な役割を果たすことが知られています。
厳密には、何をもって聞こえ度が高いとするか(物理量に基づくのか、それとも人間の知覚的な判断に基づくのか、など)は難しい問題で、それゆえに細かい部分については研究者間でも意見が完全に一致するとは限りませんが、例えば窪薗(1998)では以下のような序列が示されています。
・母音 > 子音
・母音の中では、低母音(a) > 中母音(e, o) > 高母音(i, u)
・子音の中では、共鳴音 > 阻害音
・共鳴音の中では、半母音(w, yなど) > 流音(l, r) > 鼻音(m, nなど)
・阻害音の中では、摩擦音(s, ʃ, fなど) > 閉鎖音(p, t, kなど)
上の序列では、左にあるものほど聞こえ度が高いということになるので、母音は子音(共鳴音・阻害音)に比べて聞こえ度が高く、その中でも最も聞こえ度が高いのがaである、というように解釈します。
細かい序列を覚えるのが面倒だという人は、「発音の際に肺からの息の流れが妨げられる度合いが少ないものほど聞こえ度が高い」というような覚え方でもいいかもしれません。
母音の発音の際には口が比較的大きく開いた状態になるので、肺から出される息が口腔内のどこかでせき止められたりすることなく流れていきますが、子音の発音の際は口腔内のどこかで狭めが起こり、肺からの息の流れが阻害されます。
典型的なのはp, t, kなどの閉鎖音で、pであれば発音の瞬間上下の唇が完全に閉じるので息がせき止められる状態になります。
それ以外の子音でも、口腔内の一部が狭くなるなどして息が流れにくい状態が作られます。
聞こえ度と音声・音韻現象との関係
聞こえ度という概念を使うと、日本語や英語をはじめとするさまざまな言語現象を統一的に説明できるようになります。
以下ではいくつか具体例を挙げてみます。
音節というのは、母音を中心とした音のまとまりのことを指し、多くの言語においてはこの音節が単語の長さを数えたり発音したりする際の基本単位となっています。
原則として、母音が音節の必須要素となり、母音の前後に子音がオプションで付く形になりますが、いくつ子音がくっつくことができるのかについては言語によって異なります。
例えば、英語ではstrictやasksのように母音の前や後に子音が3つ連続して付いたりすることも普通に起こりますが、日本語の場合は英語と比べて母音の前後に付けられる子音の数は制限されています(strictなどの英単語が日本語に取り入れられるとストリクト(sutorikuto)のように本来は無かった母音が挿入されるのは、日本語ではこのような子音が複数連続する構造が許されておらず、日本語で許容される構造にしようとする力が働くためです)。
以上のように、音節というのは母音を中心にして子音が群がっているような構造になりますが、これを聞こえ度の観点から見ると、母音は子音に比べて聞こえ度が高いので、音節というのは母音(=聞こえ度が高い)ものを中心に子音(=聞こえ度が低い)ものが群がってできたものだと考えることもできます(これを「聞こえ度配列の原理」と言ったりもします)。
日本語の母音の無声化の現象においては、下記のページで紹介している通り、無声化を起こす母音は原則としてi, uです。
用語解説:母音の無声化そういうルールなのだと言われて納得できる人はそれで良いのですが、なぜ無声化を起こすのは原則 i, u だけなのか(なぜそれ以外の母音では起こりにくいのか?)と不思議に思った方もいるかもしれませんね。
これについても、聞こえ度が関係していると考えられています。
音韻論的観点からは、i, uは聞こえ度が低い母音に分類されます。
聞こえ度が低いということは、i, uは母音の中ではあまり目立たない存在であるということです。
人で例えると、超有名なYouTuberや芸人さんが急に引退してしまったら非常に目立ちますが、誰も知らないようなYouTuberや芸人さんが引退しても誰も気に留めません。
これと似たようなことで、目立たない母音i, uが無声化して消えてしまっても気づきにくく、コミュニケーションに支障をきたしにくいことになります。
聞こえ度は、母音の無声化だけでなく、外来語への母音挿入の現象とも関係しています。
外来語で本来母音が無い単語を取り入れる際、日本語の発音ルールに合わせるために母音が挿入されます(例:love /lʌv/ → ラブ /rabu/;teach /tiːtʃ/ → ティーチ /tiitʃi/)。
その場合に挿入される母音は、原則として聞こえ度が低く目立たない母音であるuやiですが、これは偶然ではありません。
元の単語には母音が無いのでできれば入れたくないが、仕方なく入れないといけない状況下で、入れたことができるだけ目立ちにくいようにしようとする意図が働いた結果、聞こえ度が高い母音(aなど)を避け、聞こえ度が低い母音を挿入することになっているのだと考えられます(日本語以外の言語でも、外来語への母音挿入では聞こえ度の低い母音が好まれやすいと言われています)。
ちなみに、日本語ではt, dの後には例外的にoが挿入されますが(emerald /emərəld/ → エメラルド /emerarudo/)、これは日本語の音体系上仕方なくこうなっています。
日本語の伝統的な音体系の中にはティ(ディ)やトゥ(ドゥ)という音が無く、tやdにiやuを付けると、ティ(ディ)やトゥ(ドゥ)ではなくチ(ヂ)やツ(ヅ)となり子音の音が本来のt, dから変わってしまい、元の音が何なのかがはっきりしなくなってしまいます(例えば、仮にemeraldのdにuを付けてエメラルズのようになるとしたら、それを聞いた時に元の単語がemeraldだったのか、emeralsだったのかが曖昧になってしまいますよね)。
こうした状況を避けるため、tやdには例外的にoを付けることで元の子音の音価を保とうとしていると考えられるわけです。
英語には日本語とは異なる音変化の規則が色々あり、これが日本人が英語の聞き取りや発音が難しいと感じる大きな理由となっていますが、その中の一つに子音の脱落の規則があります。
子音の脱落にも様々なパターンがあるのですが、典型的なものの一つが閉鎖音の脱落で、以下のようなルールになっています。
閉鎖音(p, t, k, b, d, g)の後ろに子音が来たとき、前の閉鎖音の発音が省略されて音が消える
例: brand new → 閉鎖音dの後に子音nが来ているので、閉鎖音dが脱落
ここでポイントとなるのが、脱落するのは原則として閉鎖音であり、摩擦音や鼻音等、閉鎖音以外の音の後に子音が来ても脱落は起こらないという点です。
なぜ閉鎖音なのか?という点について、ここでも聞こえ度の概念が活躍します。
閉鎖音というのは聞こえ度が最も小さいグループに当たり、目立ちにくいので消えてしまっても気づかれにくい音(=よって、脱落させることが可能)ということになります。
英語において典型的な脱落のパターンが「閉鎖音の脱落」であるというのは、聞こえ度の観点からすれば自然だということになりますね。
まとめ
以上で見てきたように、聞こえ度というのは、世界の言語における様々な音声・音韻現象を説明する際に有用な概念です。
ここで紹介した以外にも、聞こえ度は様々な現象に関わっていて、とても紹介しきれないのでこのあたりでやめておきますが、大学の学部レベルであれば、以上のようなことを知っておけば充分すぎるくらいではないかと思います。
窪薗晴夫(1998)『音声学・音韻論』くろしお出版.